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マクダネルダグラス(現:ボーイング)F―15J・イーグル戦闘機がやって来た!

 皆様、今晩は

 飛行機大好き人間 である方は、どなたも御存知であると思うのだが、今日・3月27日は、日本の航空史 に残る重要な日である と断定出来る。
 西暦1981年(昭和56年)3月27日(金曜日)は、その当時、航空自衛隊初にして、まさしく超最新鋭 の戦闘機である、マクダネルダグラス(その後、ボーイングに吸収合併された)F―15J・イーグル戦闘機×2機が、岐阜県各務原市・航空自衛隊岐阜基地に、
「F―15J・イーグル戦闘機、颯爽登場
 となった日なのである
 
 西暦1980年(昭和55年)6月4日。航空自衛隊初のF―15J・イーグル戦闘機の1号機(02―8801号機) は、マクダネルダグラス・セントルイス工場で初飛行を行なって、7月15日に訪米中の航空自衛隊技術審査団に引き渡されたのである。7月29日に2号機(02―8802号機) も、航空自衛隊技術審査団に引き渡されたのである。10月 、航空自衛隊初のF―15J・イーグル戦闘機×2機はカリフォルニア州エドワーズ空軍基地で、約29回の飛行審査 を受ける為に使用されていた
 しかしながら、この時点ではまだ、日本のマークは、F―15J・イーグル戦闘機×2機の機体に、描かれていなかったのである

 F―15J・イーグル戦闘機×2機は、その後一旦米空軍に返還されてから、日本への空輸 が委託されたのである。2月24日 に、米空軍パイロットの操縦で、マクダネルダグラス・セントルイス工場を出発した2機は、太平洋を横断して、ハワイのヒッカム空軍基地、グアム島のアンダーセン空軍基地を経由して、3月1日、沖縄県の嘉手納基地に到着したのである。飛行に当たった米空軍パイロットにとっては、楽なフェリー・フライトであった。嘉手納基地に到着したF―15J・イーグル戦闘機×2機は、ここで米国での航空自衛隊のパイロット要員訓練が修了 して、さらに航空自衛隊への正式な引き渡しを前にして、米国の国籍マークと機体番号を消去されて 、日本の国籍マークと機体番号に塗り替えられて、待機していたのである

 そして、西暦1981年(昭和56年)3月27日 。岐阜県各務原市・航空自衛隊岐阜基地。
 午後2時、航空自衛隊初のF―15J・イーグル戦闘機×2機(02―8801号機、02―8802号機)は、米空軍第405戦術訓練航空団の教官パイロットの操縦で、まさしく、
「F―15J・イーグル戦闘機、颯爽登場
 となったのである

 航空自衛隊岐阜基地上空を通過したF―15J・イーグル戦闘機×2機は、滑走路を通過、左に編隊を解いた2機は、もう一度滑走路に進入すると、背中のスピードブレーキを立てて、なめらかに航空自衛隊岐阜基地に着陸したのであった。先輩格であるF―4ファントムを聞き慣れた者にとっては、静かな到着であった。

 航空自衛隊岐阜基地の自衛官が整列して出迎える中を、受領式典会場に向けて、F―15J・イーグル戦闘機×2機 は進んで 来た。濃淡のグレイ2色の低視認性塗装(ロービジビリティー)、小さな日の丸、航空自衛隊の伝統である、機首の機体番号無記名(新機種 導入の際には、いつもしばらく記入されない)。それは如何にも、新世代 のジェット戦闘機の到来を実感させたのである
 こうして、航空自衛隊はF―4・ファントム F―15・イーグルという、新世代 の第1歩 を踏み出した。そしてまた、これと同時に、愛知県名古屋市の名古屋空港(航空自衛隊小牧基地)に隣接する三菱重工業名古屋工場では、F―15J・イーグルのライセンス生産の態勢が、着々と整いつつあった

 それこそ、この直後にリアルタイム放送開始 となったTVアニメーション『Dr.スランプ』のオープニング・テーマ「ワイワイワールド」という訳でもないのだろうけれども、それはまさしく、
「来たぞ、来たぞ、F―15
 と言うに、相応しいものだったのであろう
「やったぞ ついに、新世代 の戦闘機 が、航空自衛隊に現れた
「待っていました
 その直後、到着したばかりのF―15J・イーグル戦闘機×2機 をバックにして、F―15J・イーグル戦闘機の選定・国産に関係した防衛庁、航空機産業関係者、報道関係者の記念撮影が行われたのである。そしてまた、このF―15J・イーグル戦闘機の歓迎式典は、歴代の航空自衛隊の戦闘機である、F―104J・スターファイター(栄光)やF―4EJ・ファントムを導入した時とは比べものにならないほどに、非常に大掛かりで豪華 なものになった。それほど、航空自衛隊がF―15・イーグル戦闘機に大きな期待を寄せていた事の、良い証明であろう
 こうして日本は、世界第2位のF―15・イーグル戦闘機の保有国となり、そして同時に、世界で唯一の非米国製のF―15・イーグル戦闘機の保有国ともなった

 それこそ、西暦1981年(昭和56年)当時を回顧してみれば、航空自衛隊初のF―15J・イーグル戦闘機×2機が、航空自衛隊岐阜基地に到来する10日前に本放送が終了したばかりのTVアニメーション『ニルスの不思議な旅』のニルスが、F―15J・イーグル戦闘機の1号機(02―8801号機)に乗って、自ら操縦して、航空自衛隊岐阜基地に降り立ったとしたら、センセーショナルな話題を巻き起こしたのでは、とさえ思う事もある。その一方、F―15J・イーグル戦闘機×2機が到来する1ヶ月前の、2月7日に放送が始まった特撮番組『太陽戦隊サンバルカン』の、初代バルイーグル・大鷲龍介(第1話 第23話)、2代目バルイーグル・飛羽高之(第23話 第50話)の2人が、F―15J・イーグル戦闘機に乗り込んで、操縦して来たとしても、違和感は全く無い とさえ思えるのである。

 この航空自衛隊初のF―15J・イーグル戦闘機×2機に続いて、パイロットの飛行教育訓練にも使用される複座型のF―15DJ・イーグル戦闘機×12機は、同様にマクダネルダグラス・セントルイス工場で生産されると、完成した後で、もう一度分解 されて、貨物船に船積みされると、太平洋を横断して、名古屋港に到着した後、名古屋空港(航空自衛隊小牧基地)に隣接する三菱重工業名古屋工場に運び込まれてから、ここでもう一度、組み立てられた。これは、「ノックダウン」と呼ばれる生産方式で、ライセンス生産に先行 する、組み立て工程の予行演習とも言えるものである。
 F―15J・イーグルより以前にも、F―104J・スターファイター(栄光)やF―4EJ・ファントムといった、歴代の航空自衛隊FX では、いずれもこの、「ノックダウン」生産方式を採用していたのである。

 さて、ここでもうお気付きになった方も多いと思うのだが、F―15Jの「J」は勿論、JAPANのJで、米空軍のF―15Cをベースとした航空自衛隊向けバージョンで、一方のDJは、F―15Dの同様のバージョンなのである
 わたし自身は今後とも、航空自衛隊の全てのF―15J/DJ・イーグル戦闘機が、1機として“戦闘喪失” する事なく、固定装備である口径20mmのM―61A1・20mmバルカン砲の“実弾”や、すべての空対空ミサイルの“実弾”を、「実弾射撃訓練」以外で、一度たりとも発射 する事もなく終わり、平和なままに飛行して、『普通の飛行機』として、天寿を全うして、平和なままに勇退してくれる事を願う 。そうなれば、F―15J/DJ・イーグル戦闘機は、世界中で最も綺麗で、平和で、無害な軍用機として、晴れて世界に誇れる のである。

 或る航空漫画 の主人公の台詞にもあるように、『抜かない剣こそ平和の象徴』と言えるのであるが、これは映画『宣戦布告』の劇中でも何度も言われている、『鞘の内』という言葉の、同義語でもある
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鷲尾ミサゴ龍輔

Author:鷲尾ミサゴ龍輔
アニメーション『ニルスの不思議な旅』&航空機関係作品&音楽鑑賞&航空機&日本国自衛隊の資料収集が大好きな、東京都民です。

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