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航空自衛隊府中基地に、海上自衛隊のヘリコプターがやって来た!!

 わたしは、今日の午前中、愛用の自転車に乗って、所用で出かけていたのである

 そのついでに、わたしは少し足を伸ばして、府中の森公園に行ってみた。「府中の森芸術劇場」から、航空自衛隊府中基地に沿って、北進して行くと、府中の森公園の有料駐車場の真向かいの、航空自衛隊府中基地の鉄壁の向こうに、染井吉野の桜並木があり、その桜並木の向こうにはポールが立っていて、赤と白の2色の吹き流しが掲揚されていたのである。そこには、ヘリポートがあるからである

 航空自衛隊府中基地のヘリポートに、赤と白の2色の吹き流しが掲揚されているという事は、間もなくヘリコプターが飛来する、という兆候なのである。ヘリポートの、赤と白の2色の吹き流しを掲揚・降納する、基地消防隊の消防車も、万が一の事態に備えて、赤色回転燈を点灯させながら、待機しているのである。わたしもまた、一体どういうヘリコプターが飛来するのだろうか と、期待しながら、空を見上げて、待っていた
 航空自衛隊府中基地に飛来するヘリコプターは、その多くが、後述する航空自衛隊入間基地の入間ヘリコプター空輸隊のCH―47J/JA・チヌーク大型輸送ヘリコプターである。航空総隊司令官や、航空支援集団司令官が何処かに出かけるのだろうか

 それから少しして、空の彼方から、ヘリコプターの飛行音が聞こえて来たのである。聞き慣れて、すっかり御馴染みになった、航空自衛隊入間基地の入間ヘリコプター空輸隊のCH―47J/JA・チヌーク大型輸送ヘリコプターとは違う、独特の力強い、シングルローター型のヘリコプターの飛行音である
 そして、そのヘリコプターは、南の空から飛来して、旋回すると、機首下面のフラッド・ライト(着陸燈)を点灯させながら、航空自衛隊府中基地のヘリポートに、着陸した。それは、日本国自衛隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターである

 しかしながら、…………な な 何と
 それは、千葉県館山市の海上自衛隊館山航空基地・第21航空群第73航空隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターなのである( 長大なテールブームには、「海上自衛隊」と「救難」の黒い文字が、はっきりと見えた。テールのバーチカルスタビライザーにも、第73航空隊を意味する「73」と、シリアルナンバー(機体番号)である「8962」の文字が見えた。コクピットのサイドウィンドーには、海将(諸外国では海軍中将に相当する)を意味する、「3つ桜」の大きなプレートが、装着されていたのである。航空自衛隊府中基地では、滅多にお目にかかった事がないヘリコプターだった
 救難活動用の装備に、若干の差異はあるようだが、基本的に機体そのものは、航空自衛隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターと、完全に同一の機種なのである

 航空自衛隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターは、約2年前の西暦2008年(平成20年)に公開された、映画『空へ ―救いの翼―』に登場した、紺系統の「洋上迷彩塗装」が、現在の主流になりつつあるのだが、今日、航空自衛隊府中基地に飛来した、海上自衛隊館山航空基地・第21航空群第73航空隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターは、白と赤の2トーンカラー(ハイビジビリティー)になっているから、鮮烈な印象であった
 府中基地のヘリポートに着陸した、海上自衛隊館山航空基地・第21航空群第73航空隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターを見て、わたしは掛け値なしに、
「ぶったまげた
 のである。わたしは、UH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターは、航空自衛隊は白と黄、海上自衛隊は白と赤の、2トーンカラー(ハイビジビリティー)の方がお気に入りである

 わたしが、これまでに府中の森公園で見て来た、航空自衛隊府中基地のヘリポートで離着陸するヘリコプターは、前述した、航空自衛隊入間基地の航空救難団・入間ヘリコプター空輸隊のCH―47J/JA・チヌーク大型輸送ヘリコプターか、合衆国軍横田基地の374AW/459AS(第374空輸航空団第459空輸飛行隊)“ORIENT EXPRESS”のUH―1N・イロコイ中型輸送ヘリコプターの2機種が殆どだったのである。しかしながら、まさか、航空自衛隊府中基地に、海上自衛隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターが飛来するとは、思いもよらなかった()のである。
 航空自衛隊府中基地でも、海上自衛隊のヘリコプターが飛来・離着陸した事は、ここ何年間かは、滅多になかったのだろう。わたしは、この「珍客」が飛来するという珍しいシーンが見られた事で、掛け値なしに、感動していたのである

 海上自衛隊は、航空自衛隊中央RCC(RESCUE COORDINATION CENTER=救難調整所)から、海難救助や航空救難の情報を得る為に、航空自衛隊府中基地の中に、RIC(RESCUE INFORMATION CENTER=航空救難情報中枢)と呼ばれる機能を持ち、海上自衛隊の救難連絡員が、配置されているとも聞く。
 それもあったからだろうか

 これまでにも、『立川防災航空祭』に海上自衛隊館山航空基地・第21航空群第73航空隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターが参加すれば完璧なのであるが、いつも肝心なところで、足りないものがあると思っていた。いっそ、防衛大臣に直訴しようか……などと思っていたのだが、まさかこういうカタチで「再会」出来る事になろうなどとは、思いもよらなかった。天照大神に感謝である

 約2年前の西暦2008年(平成20年)3月26日に、海上自衛隊は大規模な組織改編を行なったのである。千葉県館山市の海上自衛隊館山航空基地の第101航空隊、第121航空隊、第123航空隊の3個飛行隊を、第21航空群に再編したのである。この再編と同時に、神奈川県綾瀬市の海上自衛隊厚木航空基地の厚木救難飛行隊と、千葉県下総市の海上自衛隊下総航空基地の下総救難飛行隊の2個飛行隊から、UH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターが、海上自衛隊館山航空基地に移動[emojiv-160]して、第73航空隊が新編されたのである
 わたし自身が、海上自衛隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターを一番最後に見たのは、西暦2007年(平成19年)に、厚木航空基地で開催された『ちびっ子ヤング大会』で、午前と午後の2回にわたって、救難訓練展示飛行を実施した時であり、わたしはその時以来、久しぶりに、白と赤の2トーンカラー(ハイビジビリティー)のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターを見られたのである

 海上自衛隊館山航空基地・第21航空群第73航空隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターは、T700―IHI―401C・ターボシャフトエンジン×2基を動かして、4枚のメインローターと4枚のテールローターを回し続けながら、そして白と赤の2色のナビゲーションライト(航空燈)を点滅させながら、航空自衛隊府中基地のヘリポートで待機していたのである。UH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターが、航空自衛隊府中基地ヘリポートで待機している間は、後述するように、エアクルー以外の誰1人として、機内から降りていなかったのである。UH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターは、航空自衛隊府中基地に来ていた海将を迎えに来たらしかった。何らかの重要会議があったものと、わたしには推測出来たのである。そういえば、明日と明後日には、神奈川県横浜市で、『APEC』が開催される。
 UH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターのナビゲーションライト(航空燈)は、飛行中、そして着陸してから暫くの間は、白色のストロボライトが、眩しく光っていたのだが、待機中には、普通の赤色のストロボライトが光っていた。

 暫くすると、待機していたUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターから、1人のエアクルーが、機体側面のスライディング・ドアを開けて、機内から椅子を持って降りて来ると、椅子を開口部の前に置いた。エアクルーは、灰色の航空ヘルメットを被って、濃緑色の国産のフライトスーツと、濃緑色の国産のサバイバルベスト、頑丈な黒い革のフライトブーツという、「航空服装」である。エアクルーが機内から出して、開口部の前に置いた椅子は、海将が機内に乗る際の、「ステップ」にするのだろう
 エアクルーは、椅子を開口部の前に置くと、直立不動の姿勢をとった。もうじき、海将が乗り込むのだろう

 海上自衛隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターは、航空自衛隊の同型機と同様に、機内に救難活動用の装備がぎっしり搭載されているのだろうが、それだとただでさえ狭い機内が、余計に「窮屈」になってしまうだろうから、館山航空基地を出発する前に、救難活動用の装備は降ろして来たのだろう。わたしも、毎年夏の合衆国軍横田基地の『日米親善友好祭』や、毎年秋 の陸上自衛隊立川駐屯地の『立川防災航空祭』などで、地上展示される、陸上自衛隊や合衆国陸軍のUH―60・ブラックホーク多用途ヘリコプターに乗っているのだが、その機内は本当に、「窮屈」なのである。
 それこそ、フットボール選手のような、熊のような体格の自衛隊員が、完全武装で最大限に搭乗したら、ますます「窮屈」に感じる事だろう

 閑話休題
 それから、少し時間が経った時、航空自衛隊府中基地の奥から、黒塗りの4ドアセダンとワゴン車が低速で走行して来た。4ドアセダンは、ヘッドライトを点灯していた。4ドアセダンには、海将が乗っているのだろう
 日本国自衛隊では、高官が乗った車輛は、基地・駐屯地の中を、高官のプレートを付けて、ヘッドライトを点灯しながら走行して、通りかかった自衛隊員は、その場でこの車輛に敬礼するのが、ルールなのである

 鉄壁の向こう側に、4ドアセダンとワゴン車が停車して、その中から海将と副官が降りて来た。
 一番最初に、黒い制服の海将が、第21航空群第73航空隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターに乗り込んで、その後に副官が乗り込んで、最後に幾つかの鞄を提げた航空自衛隊員が乗り込むと、エアクルーが椅子を持って、UH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターに乗り込んで、機内からスライディング・ドアを閉めた。
 スライディング・ドアが閉まり、黒い制服の海将や副官達が、シートベルトを装着した。離陸準備完了

 第21航空群第73航空隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターは、T700―IHI―401C・ターボシャフトエンジン×2基の出力を次第に上げて、ローターピッチを上げながら、離陸した。わたしは、大日本帝国海軍と海上自衛隊の礼式に倣って、「帽振れ」で見送ったのである。UH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターが離陸した時、機内のエアクルーが、「帽振れ」で見送るわたしに気が付いて()、手を振り返してくれたのである。
 そして、UH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターが旋回して、上昇したその時に、機内の後部座席に座った海将や副官が、先程のエアクルーから聞いたのだろう、わたしに気が付いて()、同じように手を振ってくれたのである。わたしが、日本海軍と海上自衛隊の礼式に倣って、「帽振れ」で見送っているのを、理解したのだろう

 そういう意味で、海上自衛隊の航空隊は、「サービス」が良いと分かる。航空自衛隊などの航空祭の終了後、海上自衛隊のSH―60J/K・シーホーク哨戒ヘリコプターが帰還する際には、エアクルーが、ボール紙などで作った大きな「手」を振り回してお別れの挨拶をしたり、機体を左右に振ってお別れを告げる「さよならバンク」をしたりするので、それに見惚れる人もいるのだろう

 わたしは、第21航空群第73航空隊のUH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターが旋回して、館山航空基地に向かって、帰還して行くのを見送っていた
 UH―60J・ブラックホーク救難ヘリコプターが、もう見えなくなると、万が一の事態に備えて待機していた、基地消防隊の消防車が、赤と白の吹き流しを降納・回収する為に、ヘリポートにやって来たのである。

 わたしも、こうした事が、日本国自衛隊の統合運用の一環にもなるのだろう、と思った
 そういえば、昨年・西暦2009年(平成21年)7月1日から、BADGEシステム(自動防空警戒管制組織)の後継となる、陸上 ・海上・航空 の3自衛隊のC4Iシステムを統合して、前述した陸上・海上・航空 の3自衛隊の「共通指揮システム」とした、JADGEシステム(自動警戒管制組織)が、正式に運用を開始したか
 JADGEシステム(自動警戒管制組織)の運用開始により、日本の防衛体制は、更に強化されるのだろう

 わたしはそう思いながら、帰路についたのである
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プロフィール

鷲尾ミサゴ龍輔

Author:鷲尾ミサゴ龍輔
アニメーション『ニルスの不思議な旅』&航空機関係作品&音楽鑑賞&航空機&日本国自衛隊の資料収集が大好きな、東京都民です。

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