FC2ブログ

陸上自衛隊立川駐屯地(東部方面航空隊) 『立川防災航空祭』

 わたしは今日・10月25日 、東京都立川市の陸上自衛隊立川駐屯地で開催された『立川防災航空祭』に出掛けて来たのである
 陸上自衛隊立川駐屯地は、国営昭和記念公園に隣接する軍事施設であり、近隣には、
警視庁多摩総合庁舎(警視庁第8方面本部)
警視庁第4機動隊
警視庁航空隊本部
東京消防庁 第8消防方面本部(立川消防署、航空隊本部
海上保安庁試験研究センター
独立行政法人国立病院機構災害医療センター 
 などの重要施設もある、「広域防災基地」なのである

 結論から先に書けば 、今回の『立川防災航空祭』は今ひとつ、盛り上がりに欠ける内容になってしまったのである。前日からの雨が、今日の午前中いっぱいまで続いていた他にも、地上展示に参加したヘリコプターや航空機の参加も少なかったせいで、航空機地上展示エリアは、寂しい光景であった
『立川防災航空祭』のプログラムでは、会場の、陸上自衛隊立川駐屯地の滑走路を挟んで隣接する、前述した警視庁航空隊や東京消防庁 航空隊、場合によっては海上保安庁のヘリコプターも加わる編隊飛行や、千葉県の陸上自衛隊習志野駐屯地の第1空挺団による空挺降下、警視庁第8方面本部交通機動隊の白バイ隊の演技も予定されていたのであるが、前日からの雨によって、それらの多くが中止になってしまったのである

 それでもわたしは、朝早くから、陸上自衛隊立川駐屯地の正門の前に陣取り、『立川防災航空祭』で展示される、様々な航空機の観察をしていたのである。とは言えども、主に日米両軍のヘリコプターが、多いのであるが
 午前9時00分の開門までに飛来したのは、
UH―60J捜索救難ヘリコプター(宮城県の航空自衛隊松島基地・航空救難団松島救難隊)
SH―60B軽対潜ヘリコプター×1機(神奈川県の米海軍厚木基地第51軽対潜ヘリコプター飛行隊)
 以上の2機種なのである。どなたも御存知の通り、宮城県の航空自衛隊松島基地は第4航空団第11飛行隊『ブルー・インパルス』の、ホームベースなのである
 UH―60J捜索救難ヘリコプターは、『立川防災航空祭』の場合は、茨城県の百里基地百里救難隊から参加すると思っていたのだが、松島基地の松島救難隊とは予想外であった。まさしく、遠路遥々「ど疲れさん」と言えるだろう。これについては、また後で書かせて 頂く事にする
 SH―60B軽対潜ヘリコプターは、神奈川県の米海軍厚木基地の、第51軽対潜ヘリコプター飛行隊から参加したのだが、機体番号の『707』という数字が妙に目立った。同じ第51軽対潜ヘリコプター飛行隊が運用している、米海軍第7艦隊司令官(中将)が乗る、VIP専用機も飛来するかと思っていたのだが、これも、後で書かせて 頂く事にする
 
 午前9時00分。
 陸上自衛隊立川駐屯地のゲートが開門して、わたし達は陸上自衛隊立川駐屯地の中に入って進行して行った。そして、「体験搭乗」と「体験地上滑走」のチケットを貰った。
「体験搭乗」は、立川駐屯地のUH―1H/J汎用ヘリコプターによるもので、「体験地上滑走」は、木更津駐屯地のCH―47J/JA大型輸送ヘリコプターによるものであるが、前者は抽選で選ばれるものであり、ゲートで配布されるプログラムに記載されている抽選番号と、任意に選ばれた者(子供であった)が引いた番号が合致すれば、当たりになるのであるが、わたしはこれまでに、当たった事がないのである。後者は、「お祭り広場」の近くで配布される整理券(先着1000名)を貰い、指定の時間までに集合場所に来れば 良いのである
 こちらは、何度も体験しているのであるが、「体験搭乗」の抽選の結果は、一体どうなるのだろうか

 地上展示された、陸上自衛隊の機体は、
UH―1H汎用ヘリコプター(立川駐屯地東部方面航空隊・東部方面ヘリコプター隊)×1機
UH―60JA中型輸送ヘリコプター(群馬県相馬原駐屯地・第12空中機動旅団・第1飛行隊)
CH―47JA大型輸送ヘリコプター(群馬県相馬原駐屯地・第12空中機動旅団・第2飛行隊)
OH―1観測ヘリコプター×1機(千葉県木更津駐屯地・第4対戦車ヘリコプター隊)
AH―1S攻撃ヘリコプター×1機(上に同じく、千葉県木更津駐屯地第4対戦車ヘリコプター隊)
AH―64D攻撃ヘリコプター×1機(茨城県霞ヶ浦駐屯地航空学校霞ヶ浦校)
 航空自衛隊松島基地・航空救難団松島救難隊のUH―60J救難ヘリコプターと、米海軍厚木基地第51軽対潜ヘリコプター隊のSH―60B軽対潜ヘリコプターについては、前述した通りなのであるが、滑走路を挟んで隣接する警視庁航空隊や東京消防庁 航空隊のヘリコプターも、各1機ずつが、地上展示されたのである。

 わたしは、航空自衛隊松島基地・航空救難団松島救難隊の、UH―60J救難ヘリコプターの前で、パイロットや整備員など、WAF(女性自衛官)も含めた隊員が様々なグッズを販売しているのを見て、UH―60J救難ヘリコプターのポジションパッチと部隊識別帽を買った。部隊識別帽は、前庇に銀色モール製の桜花桜葉模様 が付いている飛行隊長用の物で、桜花桜葉模様 付きの物はSサイズしかなかったが、わたしは躊躇する事なしに買ったのである。桜花桜葉模様 には、金色モールと銀色モールの2種類があったのだが、航空自衛隊は銀色だ、という事で、わたしは銀色モールの方にした。
 そして、昨年公開された、映画『空へ ―救いの翼―』を見に行って、今年・西暦2009年(平成21年)になって、コレクターズエディションを買った事も話した

 そちらとは別に、米海軍厚木基地第51軽対潜ヘリコプター飛行隊のSH―60B軽対潜ヘリコプターの方は、そのエビエーター(米海軍では操縦士の事をこう呼んでいる)で、日本語が達者な海軍少佐がいたのだが、わたしが、
「第7艦隊司令官専用機も来るかと思ったのに、残念だ」
 と言うと、その海軍少佐は、
「申し訳ありません
 と答えた。それでも、無い物ねだり をしても、仕方があるまいか
 部隊のグッズを販売していたのだが、値段表は全て円だったのである。一応、USドル紙幣も持っていたのであるが、今回はUSドル紙幣が使用出来なくて、残念である。

 午前10時00分。
 記念式典行事が始まった。晴天の場合は、総合案内所に近い式典会場で行なわれるのだが、今日は生憎の雨天という事もあって、D格納庫で行なわれたのである。
 良くプレスの利いた制服を着用して、白手袋をはめた自衛官が捧げ持つ日本国旗が、壇上に登壇 した。そして、その左右には、長大な銃剣を装着した64式自動小銃を構えた自衛隊員×2名がついている。
「君が代」が音楽隊に演奏されると、日本国旗に対して、記念式典に出席している人々が、全員起立 して傾注、自衛隊、米軍の関係者も敬礼した。わたしも脱帽して、敬礼した。
 記念式典行事については、わたしが間もなくその場を離れたので、省略するが、立川駐屯地司令や、立川市長などのスピーチが行なわれるのである。

 E格納庫では、航空機整備展示が行われていた他にも、習志野駐屯地の第1空挺団が制式採用している、各種のパラシュートやヘルメットなども展示されていた。第1空挺団の中でも、そして陸上・海上・航空の全自衛隊の中でも、まさしくエリート中のエリートである、自由降下(FF)部隊の隊員に、MC―4というパラシュートと降下用のジェンティック・ヘルメットを装着させて貰った。MC―4というパラシュートは、第1空挺団の自由降下(FF)部隊が高度3万mから5万mの高高度から降下する時に使用するパラシュートで、安全性・操縦性が非常にベストな、四角いスクウェア・タイプのメイン・パラシュートとリザーブ・パラシュートが、一体構造となったものである。この他にも、ジェンティック・ヘルメットや、酸素マスクや酸素ボンベや酸素レギュレーターも装着したうえで、降下用のジャンピング・スーツを着用するのである。スカイ・ダイビングで使用するものと、同じなのであろう
 西暦2005年(平成17年)2月11日に、わたしの一番大好きなTVアニメーション『ニルスの不思議な旅』のDVD―BOX全2巻を買った時のイメージが、まさにこれだったのである

 また、第1空挺団が通常の空挺降下(高度360mから高度500m)で使用する、通常の丸型の。スタティック・ライン・パラシュート(自動索開傘式)も、背中に背負うメイン・パラシュートとリザーブ・パラシュートを、戦闘服と同様の迷彩のカバーを被せた88式鉄帽(ヘルメット)と共に装着させて貰って、その重量を実感したのである。実際の空挺降下では、
前述した通常のスタティック・ライン・パラシュートの他にも、約1週間分の衣類、個人用天幕、食糧、寝袋などをぎっしりと収納した、大型背嚢を提げたり、口径5.56mmの89式自動小銃やMINIMI軽機関銃などを、保護バッグに詰めて携行する。この重装備で夜間降下も行なわれるのである。
 
 警視庁航空隊や東京消防庁 航空隊のヘリコプターも混ざる「異機種間編隊飛行」は、雨天の為に中止になったのだが、それでもAH―64D攻撃ヘリコプターが、短い時間ながらも、飛行した。AH―64D攻撃ヘリコプターの前席のガンナー(射手)も、後席のパイロットも、さぞかしこの雨天を、恨んだ事だろう
 しかしながら、AH―64D攻撃ヘリコプターは、メインローター上 のミリ波レーダーで、全天候下で同時に多数の目標を攻撃出来るのである。

 そして、災害派遣訓練展示も規模を一部縮小したが、実施された。雨天のせいもあったのだろうが、例年に比べてみると、全体的にスケールダウンしたという感じは否めなかった。しかしながら、この災害派遣訓練展示を見ていると、陸上自衛隊のUH―1H/J中型輸送ヘリコプターが、頼もしく見えて来るから、不思議なのである
 東京消防庁 航空隊や、警視庁航空隊のヘリコプターも、それなりに活躍はしていたのである。警視庁航空隊のイタリア製 のA―109ヘリコプターは、御国柄()だからなのか、スポーツカーがそのままヘリコプターになったという印象である。
ラウドスピーカーを搭載していて、乗っている女性警官が避難誘導の指示を出していたのだが、この種の「広報」は強盗事件や死亡轢き逃げ事件など、日本全国の各都道府県警察が、重大事件の情報提供を呼び掛ける際にも使用される。
 そして、災害派遣訓練展示が終了すると、大勢の人々は解散して、「お祭り広場」の屋台などに向かって、一斉に歩いて行った。

 午後12時15分。
 総合案内所のすぐそばで、「体験搭乗」の抽選は始まった。前述した通り、正門で配布される『立川防災航空祭』のプログラムに記載されている抽選番号と、任意に選ばれた者(子供)が引いた番号が合致すれば、当たりになるのだが、わたしは、外れてしまった。100人に1人という確率なのである。わたしの他にも、外れた人は、しきりに残念がっていた のである。
 その一方、千葉県木更津駐屯地の第1ヘリコプター団の、CH―47J/JA大型輸送ヘリコプター×2機による「体験地上滑走」もあったので、わたしは早々とそちらに向かって行った。本音としては、UH―1J中型輸送ヘリコプターの「体験搭乗」の方にも当選したかったのであるが。

 その前に、わたしはPXにも寄った。今回は、別段、買ったものはなかったが、PXでは部隊識別帽や各種徽章など、普段は滅多に手に入らないものが買えるのである。過去には、わたしもここで東部方面航空隊本部や東部方面ヘリコプター隊の部隊識別帽や、航空徽章やレンジャー徽章や空挺徽章などを買っている。

 CH―47J/JA大型輸送ヘリコプターの「体験地上滑走」に参加する人は、搭乗前に手洗いとマスク着用をさせられたのである。御多分に漏れる事なく、ここでも新型インフルエンザ対策が、実施されている。これも規則の1つと思って、素直に従おう
 これは例年の事で、CH―47J/JA大型輸送ヘリコプターによる「体験地上滑走」は、TVアニメーション『ニルスの不思議な旅』のように、ニルスが鵞鳥のモルテンの背中に乗って空の旅、とまでは行かないが、僅かな時間でありながらも、空を飛んでいるという事は、確かなのである。これで天気が快晴であれば、もっと良かったのに。
 それでも、空撮の画像はきちんと撮影出来た

 午後2時00分過ぎに、数少ない外来機が帰還の準備を始めた。
 わたしは、滑走路に向かう松島救難隊のUH―60J救難ヘリコプターに、帽子を振ってお別れを告げた。パイロットやエアクルーも、こちらに向かって手を振っていた
 松島救難隊のUH―60J救難ヘリコプターは、滑走路を離陸した後に急上昇 してから、一旦こちらに戻って来ると、目の前で急旋回をするという「サービス」をしてくれた。わたしは、それを見て、映画『空へ ―救いの翼―』を思い出した。UH―60J救難ヘリコプターは、胴体を左右に振る「さよならバンク」で、わたし達にお別れの挨拶をしてから、松島基地に帰還して行った。それは、段々と小さくなり、黒い豆粒のようになって、空の彼方に消えて行った。わたしは、その姿が見えなくなるまで見送っていた
「バイちゃ。帰路も、お気を付けて」
 米海軍第51軽対潜ヘリコプター隊のSH―60B軽対潜ヘリコプターも、その少し後になって、米海軍厚木基地に向かって、飛び去って行った。来年・西暦2010年は、第7艦隊司令官専用機も参加して欲しい。わたしは、いつの日にか、日米両軍の全てのH―60ヘリコプターが、ずらりと勢揃いした瞬間が見たいものである。

 それからわたしは、駐輪場に戻ってから、愛用の自転車に乗り、迷彩服姿の門衛の自衛隊員達に見送られながら、陸上自衛隊立川駐屯地を出た。そしてすぐさま、隣接する国営昭和記念公園の無料エリアに入り、その駐車場で、正門付近の自動販売機で買った、温かいココア を飲みながら、他の外来機が離陸するのを待っていた。
 残るは、陸上自衛隊木更津駐屯地の第1ヘリコプター団のCH―47J/JA大型輸送ヘリコプター×2機と、第4対戦車ヘリコプター隊のAH―1S攻撃ヘリコプター×8機、そして陸上自衛隊相馬原駐屯地の第12空中機動旅団のCH―47JA大型輸送ヘリコプター×1機である。

 それから暫く経った時、千葉県木更津駐屯地の第1ヘリコプター団のCH―47J/JA大型輸送ヘリコプター×2機が、順次離陸して行った。その後すぐ、同じく千葉県木更津駐屯地の第4対戦車ヘリコプター隊のAH―1S攻撃ヘリコプター×8機と、OH―1観測ヘリコプター×1機が、大編隊を組んで離陸して行った。UH―1H/J中型輸送ヘリコプターに比べると、明らかにAH―1S攻撃ヘリコプターは胴体が細くなっているのが分かる。両方の部隊のヘリコプターは、立川駐屯地を離陸してから、南へ旋回して、千葉県木更津駐屯地に向かって、飛び去って行った。
 第4対戦車ヘリコプター隊のAH―1S攻撃ヘリコプター×8機と、OH―1観測ヘリコプター×1機の大編隊が、木更津駐屯地に向かって、飛び去って行くのを見送って から、わたしも帰宅したのである。

 もっと天気の良い日であれば、良かったのに
スポンサーサイト



昭和時代の車輛の素晴らしさと魅力を堪能出来る、良い機会になる。

 わたしは今日、埼玉県所沢市の西武池袋線狭山ヶ丘駅から徒歩 2分の場所にある、所沢自動車学校で開催された、『クラシックカーフェスティバルin所沢』というイベントに、愛用の自転車で、出掛けていたのである

 わたしは朝早くに起きて、朝食 を摂ると、愛用の自転車で、出発したのである。出発時間は、午前5時30分。
 府中街道を北進 して、青梅街道や新青梅街道、そして平和塔公園や西武鉄道東村山駅を経由しながら、久米川町5丁目交差点の三叉路で左に折れてから、「最短距離」で埼玉県に行く事に決定した。梅岩寺横のカーブから、西武新宿線のガードをくぐり、それから二瀬橋交差点を抜けて、柳瀬川に架かる二瀬橋を渡渉すれば、そこはもう、埼玉県所沢市なのである
 わたしが愛用の自転車で、11月3日の『入間航空祭』に出掛ける時には、そこより先の久米川町交差点から、柳瀬川に架かる二柳橋を超えて埼玉県に入り、西武新宿線の真上の秋津橋を渡渉して行くのだが、今回の『クラシックカーフェスティバルin所沢』の時は、「最短距離」で埼玉県に入るコースを通っている。

 わたしは東住吉交差点を経由して、西武鉄道所沢駅、西武百貨店所沢店を横目に、所沢駅前商店街の所沢プロペ通りを一気に駆け抜けて、飛行機新道から所沢航空記念公園に入った。所沢航空記念公園の、中心部の放送塔に到着すると、次第に大勢の人々がその場に集まって来た。「朝のラジオ体操 」が、午前6時30分から始まるのである

 午前6時30分。
 放送塔のラウドスピーカーから、●●●第1のナレーションと共に、あの特徴的な『ラジオ体操 第1』のピアノ演奏が聞こえて来ると、わたしもすぐに、ラジオ体操 の集団の中に入った。『ラジオ体操 第1』に続いて、『ラジオ体操 第2』も行なわれるのであるが、後者の方は馴染みが薄いので、見よう見まねなのである。
 ラジオ体操 については、わたしも夏に、このブログ で書いた のであるが、これでもしも、映画『空へ ―救いの翼―』に主演した、女優の高山侑子氏が、宮城県の航空自衛隊松島基地・第4航空団第11飛行隊『ブルーインパルス』のパイロットが、各基地の航空祭や様々なイベントで飛行する時に着用するものと同じ、濃紺色の国産のフライト・スーツを着用して、頑丈な黒い革のフライト・ブーツを履いた姿で参加していたら、その様相も少しは違うものになるだろう

「朝のラジオ体操 」が終了して、放送塔に集まっていた大勢の人々が解散すると、わたしは所沢航空記念公園を駆け抜けてから国道463号線に出て、宮本町交差点を経由して、まっすぐに北西に向かって走行し始めた。わたしが目指すのは、東狭山ヶ丘交差点である。
 東狭山ヶ丘交差点で左折して、『クラシックカーフェスティバルin所沢』の会場である所沢自動車学校に近付くにつれて、西暦1975年(昭和50年)以前に生産された、各種の様々な国産車や外国車が増え始めていた。勿論、参加する車輛も、人々も様々である。
 わたしが西暦2007年(平成19年)に出掛けた時には、行き掛けに途中の宮本町交差点で、交通事故 を起こしたいすず117クーペがいて、その後にテールが壊れた、無残な姿のままで『クラシックカーフェスティバルin所沢』の会場である所沢自動車学校に展示されていたのであるが、わたしは黙っていたのである。

 わたしは、西武池袋線狭山ヶ丘駅付近の踏切の手前にある『クラシックカーフェスティバルin所沢』の会場である所沢自動車学校の駐輪場に、愛用の自転車を止めて、会場に入って行った。今日はここに様々な車輛が展示されている分、シャッターチャンスがいっぱいだ という事である。今日は、お目当ての車輛は参加しているのだろうか
 わたしは、ワクワクしながら、会場を歩き出した のである。

 午前9時00分。
『クラシックカーフェスティバルin所沢』の、開会宣言が行なわれて、本番になった。
 所沢自動車学校の教習コースを会場にして、ずらりと展示された、西暦1975年(昭和50年)以前に生産された、各種の様々な国産車や外国車には、平成になってから生産された、現在の車輛にはない魅力があるので、昭和時代の車輛の素晴らしさを改めて実感させられる
 国産車としては、「てんとう虫」 ことスバル360がずらりと展示されているかと思えば、日産セドリックの初代30型の後期型や、日産ブルーバード310~510なども展示されている。それこそ、映画『ALWAYS ―三丁目の夕日―』の劇中に登場するような車輛が、ずらりと並んでいる、と書けば 、皆様にもお分かり頂けるであろうか

 しかしながら、わたしがその中で、注目している車輛があった。プリンス自動車工業・グロリアS―4や、スカイラインS―5である。
 わたしは以前、『プリンスグロリアS4クラブ』のホームページ (残念ながら、現在は休止中)の掲示板に別名義で、熱く書かせて 頂いたのであるが、わたしも同じ多摩地方の出身者として、プリンス自動車工業の車輛に関心があるのは、当然の成り行きと言えたであろう
 今日、『クラシックカーフェスティバルin所沢』に展示されていたスカイラインS―5は、「プリンス自動車工業」時代の1型と、「日産プリンス」時代の2型とがあった。ラジエーターグリルにその差異があり、前者が縦、後者が横の形状になっている。
 グロリアS―4は、1台だけ見られたが、正式に展示されている訳ではなく、暫くするといなくなっていた。 

 また、今回展示されていた車輛には、商業用の車輛が意外に多かったのも、印象的であった
 日産のダットサン・ピックアップ・トラック、通称「ダットラ」も、ダットサン620型のピックアップ・トラックが、わたしの見た限りでは、3台ほど展示されていたのであるが、わたしはこのダットサン620型の方が、一番「ダットラ」らしいと思っている。ラジエーターグリルの「DATSUN」というエンブレムも良い
 日本国内の自動車産業では、現在はピックアップ・トラックは生産されていないのであるが、この「ダットラ」も良い車輛だと思う

 外国車の中には、アメリカ車もあれば、イタリア 車もある。アメリカ車には、GMのシボレー・インパラやシボレー・カマロ、そしてフォードのマスタング やリンカーン・コンチネンタル・マーク?などもある。同じフォードの、CHP(カリフォルニア・ハイウェイ・パトロール)のパトカー×2台(実際に使用されていた、正真正銘の本物)があったのには「ベックラこいた」のであるが、そのオーナーまでもが、こちらも正真正銘の、本物のCHPの制服と装備を、「ビシッ」と着用して、完全にCHPオフィサーになりきっていた。まさに、「めちゃんこ凄い」こだわり方である。

 そして11月には、バラク・オバマ大統領が就任以来、初めて来日するという事だから、このフォードのCHPのパトカーを、先導車輛にしてパレード走行をしたら、オバマ大統領御本人ばかりか、大勢の人々の注目を浴びる事は、確実になる。大統領護衛隊、通称「シークレットサービス」も確実に「ベックラこいて」しまうだろう。
 国家公安委員会も、それ位の事は許可しても良いと思う

 フォード・マスタング については、様々なカー・アクション映画などに、大いなる影響を受けたせいで、西暦1970年代(西暦1971年式 西暦1973年式)のモデルが、大好きになったのであるが。その中でも、性能は西暦1971年式が一番良かったらしい(特にマック1は)。嘗ては、栃木県警察高速道路交通警察隊も、マック1を制式採用していた。
 この他にも、クライスラーのダッジ・チャレンジャーや、ダッジ・モナコなどもあった。

 少数ではあったのだが、軍用車輛も展示されていて、第2次世界大戦当時のクライスラーのダッジ・スタッフカー(将校用の乗用車)もあった。相当に古い、トヨタの消防車 までもあった。
 過去には、西暦1991年の「湾岸戦争」でも活躍したという証明書付きの、米軍制式採用のM―35A2軍用トラック、通称「デュース・アンド・ア・ハーフ」も見かけたほどである

『クラシックカーフェスティバルin所沢』に展示されていた車輛の中には、まるで新車のように、ピカピカにレストアされた車輛もあれば、錆だらけなぼろぼろの車輛もある。前述 の通り、オーナーも様々であるが、もう少し綺麗にレストアした方が良いのでは、と思うような車輛もあった。この『クラシックカーフェスティバルin所沢』の名物()とも言える、全体が錆だらけになっているぼろぼろのワゴン車もあった。現役で走っているのが、不思議なくらいの車輛なのである。
 中には、そのまま十数年も雨風にさらしたままにして、まるで映画『ブルース・ブラザース』に登場した「ブルース・モービル」のように、ぼろぼろにした、西暦1970年代半ばのダッジ・モナコも展示されていた

 わたしは、午後2時00分過ぎに、『クラシックカーフェスティバルin所沢』を切り上げて、国道463号線に入り、その近隣のショッピングモール「武蔵藤沢グリーンガーデン」や、国道463号線沿いの様々な古書店 などを回ってから、来た道を戻り、西武池袋線小手指駅付近の陸橋を渡渉して、「登っては下り、下っては登り」というコースを走り抜けて、北野天神社の前を通り、椿峰ニュータウン西交差点を左折すると、近道を行き、山口城址に到着した。山口城址を横目に、西武狭山線の踏切を渡渉して、長い坂道を登り始めた のである。この長い坂道は、西武園ゆうえんち や多摩湖(村山貯水池)に続いていると同時に、東京都への近道なのである

 そしてわたしは、無事に多摩湖(村山貯水池)に到着したのである。T字路の交差点には、西武ドーム方面の道路が、
「二輪車 終日通行禁止」
「自動車 午後10時00分―午前4時00分 通行禁止」
 の道路標識が出ている。これは、俗に言う「走り屋」を締め出す為の、措置なのであろう。こういう道路標識は、西武園競輪場や西武園ゴルフ場の東側の、松が丘の道路にも見られる。

 わたしは、多摩湖(村山貯水池)の下堰堤を南へ向かって、低速でゆっくりと駆け抜けた。そこからは、夕暮れの富士山が見えるポイントが北岸にあるのだが、その時はまだ、富士山は見えていなかったのである。そこからは西武園ゆうえんち も見えるが、11月2日は『入間航空祭』の事前調査に行けるだろうか。
 それから、わたしは新青梅街道 野火止緑道 西武拝島線の踏切 玉川上水を駆け抜けて、帰路は遠回りのコースを行く事に決定した。立川市若葉町の公団若葉台団地 公団けやき台団地 国分寺市戸倉町 日吉町 JR中央線に架かる内藤橋 東京都立府中病院(東京ER・府中)を経由して、午後5時30分前に帰宅した。

 所沢自動車教習所は、場所が航空自衛隊入間基地にも近い為なのか、場合によっては、用務飛行で航空自衛隊入間基地に着陸進入する航空自衛隊機も見る事が出来るのである。そして、3年に一度開催される『航空観閲式』(会場は茨城県の航空自衛隊百里基地)と、日程が運良く重なった時には、一部の自衛隊機の編隊飛行も、同時にここで見られるので、その時は「しめたもの」となるであろう

 日曜日である今日も、航空自衛隊入間基地の第2輸送航空隊第402飛行隊所属のC―1輸送機や、ガルフストリームU―4多用途連絡機が、訓練飛行をしていた。ガルフストリームU―4多用途連絡機は、垂直尾翼に第402飛行隊のエンブレムが描かれていたのだから(航空総隊司令部飛行隊でも、同型機×2機を制式採用している)、11月3日(文化の日)に、航空自衛隊入間基地で開催される、『入間航空祭』では、第402飛行隊が展示飛行をするのだろうか
 そういえば、今日は青森県の航空自衛隊三沢基地の『三沢航空祭』で、米空軍ネバダ州ネリス空軍基地の曲芸飛行専門飛行隊「サンダーバーズ」が飛行すると、今朝の新聞に掲載されていた。

 来週は、陸上自衛隊立川駐屯地の『立川防災航空祭』である。

海上保安庁の『海上保安試験研究センター』の一般公開『海保フェアin立川』。

 わたしは今日、東京都立川市の海上保安庁の『海上保安試験研究センター』の、一般公開『2009海保フェアin立川』に、出掛けていたのである。そしてまた、この日は、来年・西暦2010年(平成22年)1月初頭の2日・3日の2日間に予定されている、『箱根駅伝』の予選会 も、行われていたのである

 午前9時00分。
 スタート地点となる、陸上自衛隊立川駐屯地の中で、『箱根駅伝』の選手達は、スタートしたのである。陸上自衛隊立川駐屯地の中を2周してから、約15分ほど経過した後に、先導の警視庁のパトカーや、警視庁第8方面本部交通機動隊の白バイ×2台に続いて、『箱根駅伝』の選手達は、陸上自衛隊立川駐屯地の正門から、風のように飛び出して行った
『箱根駅伝』の選手達に、陸上自衛隊立川駐屯地や、立川市の市内の沿道に集まっていた大勢の人々から、熱い声援が、盛んに送られていたのである

 東京都立川市の海上保安庁の『海上保安試験研究センター』の、一般公開『2009海保フェアin立川』は午前10時00分から始まるので、まだ少し時間があった。折りしも、東京消防庁立川消防署(東京消防庁第8方面本部)の敷地内にある、東京消防庁航空隊へリポートでは、ユーロコプターAS―332L2大型ヘリコプターが、胴体下部の消火水槽より、空中消火のシャワーを降らせていたのである。来週の日曜日の『立川防災航空祭』に先立って、空中消火のテストをしていたのだろうか
 不謹慎ながらも、ヘリコプターによるこの種の空中消火のシャワーは、盛夏の一番暑い日に体験したくなる。

 午前10時00分。
 東京都立川市の海上保安庁の『海上保安試験研究センター』の、一般公開『2009海保フェアin立川』は、始まったのである。

 東京都立川市の海上保安庁の『海上保安試験研究センター』は、多摩地方最大の「広域防災基地」である陸上自衛隊立川駐屯地の滑走路を挟んで東側、東京消防庁立川消防署(東京消防庁第8消防方面本部)の少し南側にあり、敷地内にはヘリポートもある。本館の2階や敷地内からは、陸上自衛隊立川駐屯地の各種施設も良く見えるので、得した気持ちにもなる。快晴の日には富士山も見えるのだが、今日はやや曇り空であったのが、少し残念である。
 そう言えば、来週の日曜日には、『立川防災航空祭』が開催されるのである。海上保安庁のヘリコプターも、参加するのだろうか

 本館2階には、海上保安庁の制帽や制服を着用して、記念写真が撮影出来るコーナーもあり、多くの人が並んで、制服を着用しながら、記念写真を撮影していたのである。大人のわたしがきちんと着用しても、その制服は、サイズが少しばかり大き過ぎるのであるが、両腕を制服の袖に通してみると、途端に身が引き締まるのである

 海上保安庁の制服は、冬服(第1種制服)と夏服(第2種制服)の2種類があるのだが、夏服(第2種制服)を着用すると、わたしはTVアニメーション『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』に登場した、ザフト軍強襲揚陸艦「ミネルバ」の、タリア・グラディス艦長の気持ちになりきってしまうのである。夏服(第2種制服)は、ややタイトであったが、麻が素材なのであろうか、着心地が良かった。
 制帽も被っての撮影も出来るのであるが、3等海上保安正以上の海上保安官の制帽は、前庇の前縁に沿って、金色モール製の鍔飾り(その形状から、スクランブル・エッグという俗称がある)が付くのである。階級によって、その形状は異なる。
 わたしとしては、海上保安庁長官(海軍大将に相当)の制服と制帽を着用した、「カックイイ」(格好良い)姿で、記念写真を撮影してみたい(無理があり過ぎるが)。

 後述 する特殊救難隊の制服(と言うよりも、行動服か)もあったのだが、こちらの制服はかなり裾が長いのに「ベックラこいた」のである。陸上自衛隊の65式作業服と同様に、裾をトラウザース(ズボン)の中に託し込む着方なのである。

 別の研究施設では、模型船の動揺実験もあった。模型船のカメラとを上下左右に、模型船を映すカメラとの切り替えや、ズーム調整が出来るようになっているのであるが、船酔いし易い人が、あまり長い事見ていると、酔ってしまいそうである。
 昨年は、同じ研究施設で、ヘリコプターからロープで降下(リペリング)する訓練も、体験出来たのである。バランスを取りながら降下するのは難しいようだが、「コツ」さえ覚えれば楽しいものである
 今年の『2009海保フェアin立川』では、それがなかったのがやや残念であったが、こうした訓練が体験出来るのも、『立川試験研究センター』ならではの事なのである

 また、外国の密輸船などで日本に持ち込まれる覚醒剤やコカイン、合成麻薬やヘロインなどのサンプルも展示されていて、わたしはそれを見て、怒りを露わにした。最近、芸能人の間に薬物汚染 が広がっている事もあるので、司法当局が徹底的に取り締まった上で、違法ドラッグは根絶やしにするべきである。
 違法ドラッグは最終的に、焼いて捨ててしまうのが一番である。

 海上保安庁音楽隊によるコンサートも、本館中庭で行われたのである。午前の部と午後の部に分けてコンサートが行われたのであるが、職業柄、流石に海を題材にした様々な作品のテーマ曲が多かったのである。一曲が終わると、集まって聞いていた聴衆や来場者から、温かい拍手喝采が起こって、大いに盛り上がったのである。
 午後の部では、アンコールに応えて演奏したのが、『宇宙戦艦ヤマト』であった。海上保安庁音楽隊によるコンサートで『宇宙戦艦ヤマト』が演奏されると、身が引き締まるのである

 その時、空からヘリコプターの轟音が聞こえて来た。神奈川県横浜市に本拠地がある、海上保安庁第3管区海上保安本部所属機である、ユーロコプターAS―332L1・シュペルピューマ大型救難ヘリコプターが飛来したのである。アナウンスでは、それが羽田空港の羽田航空基地の所属機「わかわし」であるという事であった。そして多くの人々がヘリポートに向けて、駆け寄って行った。また、わたし自身も、ユーロコプターAS―332L1・シュペルピューマ救難ヘリコプター「わかわし」が見たくて、今年の『2009海保フェアin立川』に来たのである

 そして、ユーロコプターAS―332L1・シュペルピューマ救難ヘリコプター「わかわし」からの、特殊救難隊のリペリング降下や、救難活動の展示が行われたのである。わたしは未見なのであるが、CX系列で放送されたTVドラマ『海猿』でも御馴染みになった、特殊救難隊の活躍ぶりを見て、まさしく、
「凄い
 の、一言に尽きたのである。

 バブル期が始まる少し前の西暦1980年代半ばに、東京湾に近い江東区新木場の東京へリポートで3年間開催されていた『ヘリコプター・エア・ショー』でも、海上保安庁による救難訓練展示が行われたのであるが、今にしてみれば、当時の主流を占めていたベル212(UH―1Nの民間型)救難ヘリコプターが、懐かしくなる 。現在も38機のベル212を運用しているのだが、海上保安庁のヘリコプターといえば、やはりこれだ という人も、未だに多いのでは。
 今回の、『立川試験研究センター』の一般公開『2009海保フェアin立川』で、羽田空港の羽田航空基地からはるばる飛来した、このユーロコプターAS―332L1・シュペルピューマ救難ヘリコプター「わかわし」は、西暦1997年(平成9年)に、防災対応輸送力を強化する為に羽田航空基地に導入された2機のうちの1機である。同系機が政府専用機(運用は陸上自衛隊)として警視庁・大阪府警察・千葉県警察の各警察航空隊、東京消防庁航空隊、国土交通省などの官公庁でも運用されているのだが、朝日航洋でも同系機が運用されている。

『海上保安試験研究センター』のヘリポートに着陸したユーロコプターAS―332L2・シュペルピューマ救難ヘリコプター「わかわし」のローターが甲高い音を立てながらゆっくりと停止すると、パイロットや整備士が上部に登って
エンジンを点検して、周囲に安全確保の為のロープが張られて、準備は整った。

 間近で、ユーロコプターAS―332L1・シュペルピューマ救難ヘリコプター「わかわし」を見ると、流石に大きかった。これが西暦1997年(平成9年)に導入されたものであろうとも、その大きさは、目を見張るものがある。
 夜間の救難活動や、密輸船・密漁船などの追跡任務に使用される、真昼の太陽のように明るいサーチライト 、ラウドスピーカーといった、救難ヘリコプターならではの装備も凄い。遭難者にとって、救難ヘリコプターは天使であり、一方の密輸船・密漁船にとって、救難ヘリコプターは天敵である。そういう考え方も、出来るだろう

 特殊救難隊は、ウェットスーツや救命胴衣、酸素吸入器などを並べて展示して、その精強ぶりをアピールしていた。わたしは、特殊救難隊の制服のパッチも、撮影させて頂いた。日本全国の、海上保安庁の各航空基地のパッチも、集めてみたいものである。

 そしてまた、東京消防庁の消防訓練も同時に行われていて、東京消防庁航空隊のユーロコプターAS―365N・ドーファン2消防ヘリコプターが、盛んに飛んでいたのである。エアクルーが、こちらに向けて手を振っていたり、こちらに正面を向けながら移動したり、結構「サービス」の良いヘリコプターもいた。一石二鳥とは、まさにこの事であろうか

 午後3時00分。
 5時間にわたって開催されていた、海上保安庁の『海上保安試験研究センター』の一般公開『2009海保フェアin立川』が、終了した。わたしは一番最後に、『海保フェアin立川』のアンケート用紙に必要事項を書いて、海上保安庁のステッカー・シートを貰って、帰路についた。

 年に一度開催される海上保安庁の『海上保安試験研究センター』の一般公開『海保フェアin立川』は、自衛隊の航空祭や駐屯地祭に比べると、規模は低いのであるが、海上保安庁について、1つでも多くの知識 を深めたいという人にとっては、決して損 はしない。
プロフィール

鷲尾ミサゴ龍輔

Author:鷲尾ミサゴ龍輔
アニメーション『ニルスの不思議な旅』&航空機関係作品&音楽鑑賞&航空機&日本国自衛隊の資料収集が大好きな、東京都民です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR